聖日礼拝
投稿日:2012年1月15日
ロマ書5-3-5
わたしたちは知っているのです。苦難は忍耐を、忍耐は練達を
練達は希望を生むということを。希望は私たちを欺くことはありません。
天国を実現できる歩みを家庭からなさなければなりません。
それではどのような歩みをしていけばいいのでしょうか?
自分と関係した人、すなわち、出会った人に対してプラスとなった条件を立てなければなりません。
私を迫害する人にもです。主体と対象(神様と私)が一つとなって
迫害する人の背後にも善なる功績を立てた先祖の方がいることを思いながら、
決して跳ね除けてはいけません。心を純粋にして最初の感じを見極め、
心霊を開発しましょう。出会いを通して成長出来ます。
私たちはアンテナと同じです。観念的な神様ではなくて、
私たちの生活の中での神様との出会いを感じなくてはなりません。
奇跡的な証ではなく、日々の生活の中で心情的に感ずる証が大切です。
神様と共に歩む生活をしている私であることを実感しなければなりません。
親の思い心情がどこにあるのか悟って侍らなくてはなりません。
祈祷だけして実践をしない人は神様が訪ねてこられても、また離れて行かれます。
それ故に体術信仰というものが必要なのです。